投資家の本懐

FX、不動産投資、その他投資全般について

お金を扱うには資格が必要?

お金は、扱う額に従って、「資格」が必要となる。
「スキル」ではなく「ステージ」とでも言えばいいだろうか?
100万円を扱うには、100万円を扱うに足る素養が無ければ
上手に扱えない、という考え方。

元々ボクは、この考えには否定的だった。
お金を扱うのはスキル、技術のはず。
そして、10万円扱うのも、1000万扱うのも、必要なスキルはほぼ同じはず。
株で、為替で、不動産で、あるいは他の投資でもいい、
10万円が増えるスキルがあるなら、1000万だって増やせるだろうと考えていた。
ある程度の数学的な基礎と、対象特有の「物を見極める目」があればいいと。
でも、落ち着いて周りを見回すと、どうやらそれは間違いのようだ。

「バーチャルでやったら勝てたけど、リアルでやると負けてしまった。」
良く聞く話だ。
「宝くじが当選したことで、人生が狂ってしまった」
これも良く聞く。
その人の土台が、素養が、ステージが、その金額に見合っていないから
歯車が嚙み合わなくなるのだと…。

ボクの考えは、まるで違う所からスタートしていた。
ボクは、元々パチプロをしていた。
勝ったと言っては喜び、負けたと言っては嘆く…
ように振る舞っていた。
そう振る舞う方が、ただ楽しかったから。
内面のボクは概ね平穏だった。
「日々の勝ち負けなど、神様とやらがコインを投げて決めるもの」
トータルは理から大きく外れはしない。
今日、理より大きく勝つということは、明日、理に外れて負けるかもしれない。
ただ、それを均せば、理に落ち着く。
まあそれじゃあ詰まらないから、勝った負けたと
一喜一憂をして見せていただけのこと。
本質は「理」だ。
勝つ方法論さえあれば、勝てると。

FXでもそれは一緒で
「いくら勝つかなど、問題ではない。勝てる規則を導き出すかが問題なのだ。」と。
偶然で何億勝っても、何ら喜ばしいことではない。
もっと細い勝ちでもいい。
こうすれば勝てる、という理を作っていくことが大事。

仮に、バーチャルをしっかりと試して、それで勝てるというのなら
その人は、一定の理を持っている。
では、リアルでやって勝てないのは何故だろうか?

当初のボクは、そういう人は、自分が持つ理を「しっかりと言語化出来ていないから勝てないのだ」と考えていた。
でも、それだけではないことに気づいた。

人間は、感情で理を曲げる。
それは、恐怖だったり、驕りだったり。
数学的に正しいと思える理を、仮に持っていたとしても
それをそのまま実行しつづけられる者と、そうでない者がいる。

10万円程度を元手に、しばらくそれを増やし続けたとしよう。
「じゃ、軍資金を100万円に増やしてみよう」
そうすると、一時的なマイナスの額に引っ張られる。
10万から一割マイナスでも9万だが
100万からなら90万になる。
それまで扱っていた額が、簡単にマイナスになる。
そうなると、平穏ではいられない…らしい。
焦る…らしい。

ああ、そういえばボクも、焦って見せたりはする。
でもそれは、俳優が「悔しがる役」をやっているのと一緒のこと。
もちろん、多少の動揺はあるが
「ああ、今俺、動揺してるwww」と面白がる気持ちの方が強い。

どうやら、勝ち方がわかれば、誰でも勝てるわけではないようだ。

そういえばボクは、考え方こそバクチ打ちではないが
バクチを打つ人の考えは、学んできたっけ。

 阿佐田哲也の名言とやらがネット上にある。
「勝ち続けるなら、フォームが大事」
→そんなの当然じゃん。ボクの考える「理」と同じ…。

ほとんどのことは、ボクにとって特に目新しいものではなかったが
唯一、ボクが共感し、今でも持ち続けているモノがある。
残念ながら、ネットでは名言として探しても、まるで出てこないのだが…。

まずは「見」から入る。
そのとき、ただ見をしてはいけない。
最低限の見物料を払え。
そうしなければ、真剣に見ることが出来ないから、
捨てたと思って、見物料を置きなさい。

これをボクなりの言葉にしてみたい。
まずはバーチャルではなく1万通貨、あるいは千通貨でもいいから、

しっかりと決めて、出来るだけ早く、買うか売るか、ポジションを持ちなさい。
そして、相場を見なさい。
買ったポジションは、簡単には解消してはいけない。
半ば捨てた気持ちで見なさい。
それでも人間なのだから、損得は、プラスかマイナスかは気になる。
だから、ちゃんと見て、ちゃんと考えるようになる。
バーチャルで、適当に見て、何かをつかんだとしても
一番大切なこと、勝っているとき、負けているときの気持ちの変化は学べない。
そして、何かをつかんだと思っても、いきなり額を増やしてはいけない。
少しずつ増やしていきなさい。

でもボクは、いきなりでも金額を増やせた。
それはたぶん、もう一人の言葉が、自分の中にしっかりと根付いていたからだと思う。
その人の言葉は引用せず、ボクなりに書いてみたい。

ボクは牛丼がわりと好きでね、学生の頃、ギリギリの500円を握りしめて、ときどき牛丼を食べに行ったよ。
そして今、たとえ一千万得ても1億得ても、
牛丼の値段もおいしさも変わらないんだから
ときには、ちゃんと味わって牛丼を食べなさい。
そのときは今、目の前に牛丼があるという事実に感謝するといい。
人生を生きる為に、自分が楽しむ為には、たいしたお金など要らない。

もし心から感謝できない自分がいたら、それは
お金のせいで、自分の軸がブレ始めているんだと思うよ。