今回は、前に書いたAmazonの話の続きです。
バブル以降、なぜ日本は成長しなくなったのか?
について。
ま、前にAmazonの話を書いたのも、これを書こうと思ったからなわけで。
まずは前回のまとめとして、仮定の例について。
最初は小さかった Aという企業が
だんだんと大きくなり、そのジャンルを独占するに至ったとしよう。
ジャンルはまあ、なんでもいい。
前回まで何度かAmazonを例として話したので、今回も
Amazonで行こうか?
最初はとても小さかったのだが
どんどん成長し、そのジャンルの市場を独占する…。
このとき、成長のスピードは、とても早かったわけだが。
市場を独占した後は、その市場の成長の分+ちょっとぐらいしか成長できない。
少なくともそのジャンルでは、成長の余地があまり無いからで
これはもう、至極当然でしょう。
市場の成長分が、まあ2%ぐらいとして、プラスアルファで努力して
まあ3%もあれば限界でしょう。
で、株で見ると、期待される成長は、5%ぐらいじゃねえの?知らんけど。
毎年2、3%しか成長しないんじゃ、物足りない
というか、物価上昇と同じ成長率じゃあ、そんな株、あまり買われないでしょうね。
だから、今のジャンルから、あちこちに
種を飛ばして、他のジャンルでも成長しようとする…。
ただね、あるジャンルを独占するほどに大きくなった企業は
社会の成長の為には、いっそ潰れた方がありがたい。
大きな企業の倒産により一時的にはGDPを押し下げる要因になるが
中期スパンで見ると、中堅企業がそのシェアを奪い、
成長することの利点の方が大きくなるわけだ。
少し過去を見てみよう。
日本は敗戦後、このスペースがいっぱいあった。
単に人口ボーナスがあったからというだけでなく
供給する企業が足りないことから
成長するための、「空地」がいっぱいあったわけだ。
そこで、新興の企業がいくつか、ポンポンと大きくなり
その株を買った人も儲かったのだが
やがて、それらが成長するにつれ
空地が無くなっていった。
新興の企業がどんどん大きくなれば
市場全体の成長スピードも大きくなるわけだが
ある程度まで大きくなると、成長スピードは落ちる。
丸いシャーレに、培地として
寒天でも塗っておいて
3つほど、菌をぽつぽつと、離して置いたとしよう。
それらは指数関数的にどんどんと成長していくが
やがてそれぞれが接して、空間が飽和すると
定常化してしまう。
そうなると、たとえ栄養が十分にあっても
成長するための空間が無い為に、菌の数はそれ以上増えなくなる。
現実のシャーレと違い、市場は年に数パーセントずつ大きくなるので
それに合わせてその中の企業も、少しずつは成長もする。
だがその勢いは小さく、それ故に
市場もそれまでほどは成長しなくなる。
つまり、シャーレ自体が大きくなるスピードも、遅くなるわけだ。
だがその空地を、新興の企業が成長し、埋めていく過程で
社会全体のパイが大きくなった、ということ。
と、ここで、日本の場合、個人事業主が減っていったわけで。
これは日本人の特性に寄る部分も大きいのだろうが
寄らば大樹の陰で、みんながより大きな企業へ就職しようとした結果かもしれない。
就職活動などで、内定をもらった企業の規模の大きさで、マウントを取り合うなどが
わかりやすいだろうか。
俺は自営でやってくんで、あんま興味ない…という人や
東大出たけど、実家の町工場を継ぐなんて人は
稀なわけだ。
ということで、優秀な人ほど、より大きな企業に勤めようとする。
が、これらは既に大きいが故に、あまり成長できない。
また、それなりの規模の企業が倒産することがあっても
そのスペースは、他の、規模の大きな企業が埋めてしまう。
日産が倒産することがあったとしても
トヨタやホンダなりマツダやスズキあたりが
シェアを奪い合うわけで、これらは既に大きな企業だから
大勢に大きな影響は与えにくいわけだ。
小さな点から始まって、急成長して大きくなることは
なかなか起きない。
だって、企業が大きくなる為には、ある程度優秀な人が居なきゃダメだもの…。
その優秀な人が、大きな企業に集まっているから
空いたスペースがあれば、そこをより早く狙うわけだ。
この状況が、バブル期ぐらいから、2014年ぐらいまで
ずっと続いてきたと、ボクは感じている。
で、2014年ぐらいから、スタートアップなどと
呼ばれるものが、ぼつぼつ出始めたわけだが…。
でもやっぱり、雇用が流動化しないんだなあ…。
アメリカを例とすると、20代から40代までで
平均すると、13回程度は転職すると言われているが
日本ではせいぜい3回かそこら。
しかも、規模の大きな企業に勤める人ほど
転職をしない…。
つまり、優秀な人は、大きな企業に勤め、あまりそこから動かないわけだ。
で、大企業などは、勤続年数に従って
給与がアップする。
だから、個人で見れば、年々給与が上がっているように感じるのだが
企業が払う給与の総数は、あまり変化しない。
まあ良く言われる話で、理屈はすんなりとわかるだろう。
20代 20万
30代 25万
40代 30万
50代 35万
という構成の企業があるとしよう。
10年後、50代の人がみんな定年で退職すれば
同数の20代を、20万で雇えばいい。
そうすると、35万払っていた人がいなくなり
同数の人を、20万で雇えるわけだ。
そして、この差額の15万を、30代、40代、50代に
5万ずつ与える。
これで、雇われている個人は、みな、勤続年数に従って
給与は上がっているが、企業の払う給与の総額は同じになる。
まあつまり、個人の給与は上がっているはずなのに
経済全体は、成長しないわけだ。
なにせ個人が消費するお金は、貰った給与なわけだから
給与の総額が同じなら、消費が伸びるわけがない。
だから外圧がなければ、物価も上がらない。
パイが、先ほどの例で言うと、シャーレがあまり大きくならない。
だから、企業が成長する余地も小さい。
で、これってそもそもどうして?
なんで日本はそうなってしまうのか? というと
日本人は、変わらないことをよしとする傾向が強いからじゃないかなあと感じている。
転職回数は多いより少ない方がいいとか
企業は倒産するより、長く存続し続ける方がいいとか。
これらは、成長段階では良いのだが
衰退段階では、マイナスに働く。
根底にあるのは、個々のマインドなので、そうそう簡単には変わらないが
ぶっちゃけ…このままだと下落一直線なわけで。
個人が、それぞれの局面で、自分に合った選択をするんじゃないと
社会は変化しにくいよねえ…と。